旬の紅茶・ダージリン訪問記

新茶の茶摘みや生産に活気あふれる3月のダージリンにルピシアのスタッフが訪問。最新の現地レポートをお届けします。

[ 訪問記 01 ]
ダージリンへの道・タゴールゆかりの名園

インド北東部・ヒマラヤ山脈の麓(ふもと)に広がる紅茶産地ダージリンにて2月下旬〜4月上旬頃に作られるファーストフラッシュ=春摘み紅茶。若々しい緑色を残す茶葉の見た目、みずみずしい香りと爽やかな味わい、カップを黄金色に輝かせる特別な季節の紅茶です。

ルピシアのバイヤーチームと、ルピシアだより取材班、ゲストとして宮崎県五ヶ瀬の釜炒り茶名人・興梠洋一(こうろぎよういち)さんによる一行は、ファーストフラッシュ製茶作業の佳境となる3月中旬〜下旬にダージリンを訪問しました。

■ダージリンへの道

インド最大のティーオークションのあるコルカタは、例年、お茶の買付けで訪問しているバイヤーにとってはすっかりお馴染みの土地です。周辺地域を合わせ人口約1,460万人が暮らす世界有数の巨大都市は、好調なインド経済を反映するように、真夜中も高速道路工事の溶接の火花が飛び散っているなど、オフィスビルや高層住宅などの建築ラッシュでさらなる拡大と成長を遂げようとしています。

2013年にオープンしたコルカタの空港ターミナルビルより、約1時間のフライトでダージリンの入口にあたるバグドグラ空港へ到着します。飛行機からタラップを下ると、山の空気と平地の空気が混ざった空気の中、日本の初夏にも似た日差しが注いでいました。

このバグドグラやシリグリ周辺の平地はテライと呼ばれる紅茶産地として知られており、主にインド国内などで消費されるCTC(Crush, Tear, Curl)製法のミルクティー向け茶葉を生産しています。この空港から約10kmほど北に移動したエリアからダージリンははじまります。ダージリンで定番の移動手段であるランドクルーザータイプ・大形四輪駆動車の車窓からの風景も、年を追うごとにショッピングモールなどの商店、新しい住居などが増えており、エリア中が明るい活気に満ちています。

■タゴールゆかりの名園 ティンダーリア

「この景色は数あるダージリンのマネージャーハウスの中でも屈指のものだよ」

ダージリンは、インドとユーラシアの大陸プレードが衝突することで急激に盛り上がったヒマラヤ山脈の麓(ふもと)に位置しています。急坂の山道を登りながらのドライブを経て、ダージリンの南の入り口にあたるクルセオンサウス、ティンダーリア茶園のマネージャーハウスに到着すると、オーナーであるカノリア夫妻は、ちょっぴり自慢げに微笑みました。

ティンダーリアのマネージャーハウスは、ユネスコの世界遺産に登録されているトイトレインの線路や、シリグリ市街から先に広がるインド大陸を見渡す絶好の立地にあります。カノリア夫妻によると、この建物はアジア人として初めてノーベル文学賞を受賞した詩人ラビンドラナート・タゴールが訪問した記録も残されているとのこと。コルカタのタゴール生家はお茶などを扱う貿易商であり、「茶の本」で知られる岡倉天心や、ダージリンを経由して日本人として初めてチベットに入国した河口慧海などの日本人とも縁の深い人物であります。

19世紀末、1870年に開拓が開始されたティンダーリア茶園は、一時は手入れが行き届かず荒廃した時期もありました。現在のオーナーにより積極的に茶樹の植え替えや工場設備の改善など進めた結果、近年はホワイトティーなどのスペシャルティーを中心に世界的に高く評価される注目の茶園の一つになりました。植樹されたばかりの若い茶樹が並ぶ茶園の景色を眺めると、これから5年10年先が楽しみに感じられる、そんな茶園の一つです。

[ 訪問記 02 ]
プロに尊敬(リスペクト)される茶園 ジュンパナ

インド北東部・ヒマラヤ山脈の麓(ふもと)に広がる紅茶産地ダージリン。ファーストフラッシュ製茶作業の佳境となる3月中旬〜下旬に現地を訪問したレポート第2回目。今回はエリアを代表する名園の紹介です。

■尊敬(リスペクト)される茶園

ルピシアだより取材班が以前、コルカタのティーオークションを訪問した折のこと。挨拶を交わしたバイヤーたちに「人気のあるダージリンの茶園は?」という質問をなげると、タルボやキャッスルトン、ピュッタボンやサングマなど様々な茶園の名前が上がりましたが、「尊敬(リスペクト)する茶園はどこ?」という質問に対しては、複数のバイヤーが議論の上で「ジュンパナとグームティー」と回答してくれました。

ジュンパナはダージリンならではの深みと華やかさを両立した最上のお茶を作る茶園として。グームティーはどんな作柄のシーズンでもベストの目安となるお茶を仕上げる技術に対して。そして、このふたつの茶園のオーナーであるシャンタヌ氏への深い尊敬の念が、コルカタのお茶のプロたちの共通認識にありました。

■採算を度外視?

「ジュンパナは自分にとってビジネスである以前に、情熱であり生き甲斐(ホビー)なんだ」と語るシャンタヌ氏。1887年からの歴史を持つジュンパナ茶園の大きな特徴の一つが、完成したお茶が人力で出荷される、自動車などの運送手段で訪問できない孤立した立地。オーナーをはじめ。茶園を訪問するすべての人びとも、岩肌にそって作られた細い山道を自分の足で歩いて工場を訪問します。

そのため茶園の周辺は小鳥たちの鳴き声と遠くからの渓流のせせらぎ、風の音などの自然音に満ちています。よいお茶を作り続けるために、必要以上に手を加えない。むしろこの周囲と断絶されたお茶の桃源郷のような美しい環境を守ることにコストをかける。ある意味、効率や利益などの採算を度外視した側面すら持っている、理想の茶園がジュンパナです。

シャンタヌ氏の趣味のひとつは、日本の浮世絵の収集だといいます。細い筆を使い繊細なタッチで仕上げるインド・ムガルの細密画の伝統と肉筆の浮世絵との共通点を語る時と、お茶作り対して熱中して語ってくれる時の表情に、いずれも同様の歓喜に満ちたオーナーの愛情を感じました。

シーズンを問わず、もしダージリンの茶園選びに迷った時はジュンパナの茶葉をお選びください。ダージリンで紅茶を作ることの魅力と喜び、そして尽きることのない感動が、その風味と香りの中に必ず隠されています。

[ 訪問記 03 ]
個性が生みだす銘茶 サングマ

インドのみならず世界を代表する紅茶産地ダージリンからの現地訪問レポート第3回目。今回は名園サングマより。

■マネージャーハウスでの過ごし方

ホテルなどの宿泊施設が限られているダージリン。茶園を訪問する際にマネージャーハウスのゲストルームを使わせていただくことは、お茶関係者の間では比較的一般的です。

多くのマネージャーハウスでは、夕方から21時頃の夕食までの2〜3時間、もてなす側のホストとゲストが居間に集まって談話する習慣があります。今回の訪問時はインドをはじめとする旧英領諸国最大のスポーツイベントの一つ、クリケットのワールドカップ開催中ということもあり、スポーツの話題などで楽しい時間を過ごしました。

■名園サングマのお茶づくり

今回、ルピシアだより取材班は、ダージリンきっての名手と呼ばれ、サングマのみならず、シンブーリ、ピュッタボンのスーパーインテンデント(複数の茶園を総括して管理する上位のマネージャー)を務めるジャー氏に案内していただき、サングマ茶園での製茶風景に立ち会いました。

マネージャーハウスでの夜の談話もそこそこに、早めの夕食をすませて夜9時過ぎに工場に入ると、周囲は大量の茶葉が発する青い香りでむせ返るよう。工場全体がまるで生き物のように呼吸しているかのごとく、不思議な生命力に満ちているのが感じられます。そんな中で、精力的に指示を出しながら、茶葉の状態を細かくチェックするジャー氏は活き活きと動き回っています。工場の上のフロアにある萎凋(いちょう)室の床にあけられた穴のダクトを通して、下のフロアにある揉捻(じゅうねん)の機械に運ばれた新芽は、回転しながらもみ込みまれるごとに、更に強い香りを放っていきます。その後15分から20分間とやや短めの酸化発酵を経て、巨大なドライヤーで乾燥させれば春摘み紅茶の完成です。

広い工場の中をステージのように動き回るジャー氏は映画の主役(スター)のよう。いつも場の中心に立ち、茶葉の状態を冷静に観察しながら細かい指示を出し続けていました。

シーズンが開始したばかりのため、夜中の10時過ぎには作業は終了しましたが、ピーク時には延々と深夜にまで同様の作業が続きます。完成したばかりの春摘み紅茶の出来映えに満足した様子のジャー氏は「次はぜひ徹夜でセカンドフラッシュの製茶に立ち会ってみたら」と笑いながら誘ってくれました。

[ 訪問記 04 ]
クローナルの名園 シンブーリとピュグリ

世界を代表する紅茶産地ダージリンからの現地訪問レポート第4回目。注目を集めるクローナル品種で有名な2つの茶園を紹介します。

■中国種とクローナル

1852年に茶園としての開拓が始まったダージリン。当初は中国から運ばれた茶樹が植えられました。その子孫である種から育った茶樹は中国種と呼ばれ、伝統的な厚みや深みのある味わいが特長です。また主に標高の低いエリアでは、インド原産の葉っぱが大きく力強いボディが特長のアッサム種も栽培されています。

それに対して、自然に交配したお茶の中から、特に風味に優れているものや病気や寒さに強いものを選抜し、挿し木で栽培した品種をクローナルと呼びます。

近年、注目を集めるクローナルの代表がAV2 (Ambari Vegetative 2)。長いシルバーチップが美しく、花や果実をおもわせる優美な香りは圧倒的です。ティンダーリアやサングマ、タルボ、キャッスルトンなど、ダージリンの各地の茶園で作られるスペシャルティーの多くはこのAV2の味わいをベースにしたもの。ちなみにAV2の頭文字のAmbariとは、この茶樹を生み出したシリグリ近郊の茶園名に由来しています。

■クローナルの名園 シンブーリ茶園

ネパールにもほど近いミリクバレーに位置する、特に華やかな香りのクローナルで知られるシンブーリ茶園のマネージャーハウスを訪問すると、バイヤーとの再会を喜ぶマントリ氏夫妻の歓迎を受けました。

料理上手なマントリ夫人による、オクラのフライや中国風の八宝菜などベジタリアンスタイルのランチの後、主にAV2のクローナル種の茶樹が植えられていることで知られる、ティンリンと呼ばれる特別な茶園を訪問。高台にヒンドゥーの寺院が建つ広々とした茶園は、夕暮れ時ということもあってか、どこか神々しい風格も漂っています。

「今年のファーストフラッシュはとても良い仕上がりになっているよ」と語るマントリ氏。約500ヘクタールの茶園のうち、約100ヘクタールでクローナルを栽培しているとのこと。

シンブーリではグリーンティー、ウーロンティー、セカンドフラッシュ(夏摘み紅茶)の時期のルビーと呼ばれるスペシャルティーや伝統的なマスカテルフレーバーとよばれる中国種の紅茶など、季節ごとに多彩なお茶を製造していることも特長です。「ぜひシンブーリの様々なお茶を味わって欲しい」とマントリ氏は熱く語りました。

■若々しい茶樹の魅力 ピュグリ茶園

ここ数年、ファーストフラッシュのスペシャルティーを中心に、目がさめるような鮮やかな味わいのクローナルの茶葉を生産している、ルピシアのバイヤー注目の茶園の一つがピュグリです。

シンブーリ茶園に隣接するピュグリは、ミリクバレーの北東に広がるなだらかな丘陵地帯の茶園。近年、積極的にAV2への茶樹の植え替えを進めています。  マネージャーのアニール氏に案内していただき、オーガニック栽培のAV2の茶園を訪問しました。一見、ひょろっとした外観で、やや長めの新芽、シルバーチップがゆっくり発育するため収量は少ないというAV2の新芽を摘んで噛みしめると、凝縮した花のような香りとみずみずしい若葉ならではの味わいが口の中に広がります。

「ピュグリの若い茶樹で作ったダージリン紅茶は、他と比較することができないぐらいの素晴らしいアロマが特長なんだ」と語るアニール氏は、この若いAV2ならではの華やかな風味を生かすため、茶摘みから製茶まで他のお茶とは分けて、茶葉の形が壊れないように細心の注意をはらって製茶をしているということ。ダージリンの伝統を守りながら、さらなる進化を続けるピュグリのこれからの味わいに期待しながら、アニール氏とピュグリへの再訪を誓ったスタッフでした。