謎のある物語は魅力的だ。ましてやそれが天才の遺作ともなれば。
モーツァルト(1756-91)の晩年に作曲されたオペラ「魔笛」は、多くの矛盾や謎に包まれた作品である。
夜の女王の依頼で、悪魔=ザラストロに誘拐された女王の娘パミーナを救出すべく旅立つ王子タミーノと、鳥を捕らえて暮らしていたパパゲーノのふたり。ぞれぞれ魔法の笛と鈴を女王から受け取り、いざ悪魔と対面すると、実は悪しき女王の元から、ザラストロがパミーナを保護している事が判明。舞台は一変し、タミーノはパミーナと結ばれるため、またパパゲーノも若くて美しい娘=パパゲーナを娶るための試練に挑戦することになる…。この歌劇をモチーフに、デンマークの舞台芸術家・工芸家のビョルン・ヴィンブラッド(1918-2006)が、ドイツの名窯ローゼンタールと共同制作したのが「魔笛」カップ&ソーサーだ。
ドラマ終盤のハイライトの一つが、オウムの姿(ドイツ語でパパガイ=オウムの意味)をした道化役のパパゲーノが、魔法の鈴によって出現したパパゲーナを見て緊張のあまり「パパパパパ…」とどもりながら求婚、願いが成就し、子孫繁栄を宣言する(?)場面。ソーサーには小鳥に囲まれたカップルの姿を彫刻、シンプルなカップと鮮やかに対比させることで、生命力に満ちたモダン・デザインのマスターピースとなった。
使うたびに胸の中から音楽が沸き立つような魔法の茶器がここにある。
E・シカネーダー(「魔笛」作者:モーツァルト宛の手紙より)
■「魔笛」とヴィンブラッド
1910年にデンマーク・コペンハーゲンに誕生したビョルン・ヴィンブラッド。舞台芸術家・工芸家として活躍していた彼がローゼンタール窯との共同制 作を開始したのは1960年代初頭のこと。以後、約半世紀にわたり茶器などの食器をはじめ、様々な作品をリリースした。なかでもこの「魔笛」シリーズは 長く愛され続けている逸品だ。
■なぜオウムなの?
見る人によって秘密結社フリーメーソンの奥義を暴露した(!?)とも言われるオペラ「魔笛」。
この神話的な通過儀礼の物語の中で、パパゲーノは王子タミーノと一緒に試練につきあうものの失敗を繰り返す道化役。また相手役のパパゲーナも、最初は 老婆の姿、最後にはパパゲーノそっくりなオウムの格好で出現する、トリックスター的なヒロインだ。
では、なぜ「魔笛」ソーサー裏には、パパゲーノとパパゲーナのセリフが選ばれ描かれているのだろう?
そのヒントは、モーツァルトと「魔笛」作者であり作曲の依頼者であったシカネーダー(1751-1812)の関係に隠されているかもしれない。
音楽家と劇作家の間にはオペラが完成する約1年前に(つまり全体の構成が完成する前から)この曲について交わした書簡が残っている。またオペラ公演本 番中に自らパパゲーノ役に扮した(!?)シカネーダーが、指揮台のモーツァルトとふざけ合ったエピソードは、夭折した音楽家の晩年を語る上で欠かすこと ができない。
天才モーツァルトとオペラ作者シカネーダーの精神は、「魔笛」という作品の中で、理性と父性の象徴ザラストロでも、地母神として振る舞う夜の女王でもなく、おそらく偉大すぎる彼らの間で、オッチラコッチラと運命に翻弄され自分の無力に絶望しつつも、チャッカリと恋人を見つけだし、結婚の喜びと子作りの宣言を歌うパパゲーノに最も色濃く投影されていると思う。
だからこそ200年以上の年月を経てなお、第2幕29場の「パ・パ・パ・パ…」という生命力に満ちた歌曲の調べは、高らかに響きわたり、聞く者の胸を打つ。
■造形にこめられたメッセージ
プロの舞台美術家でもあるヴィンブラッドが「魔笛」をテーマにしたとき、パパゲーノとパパゲーナを中心にデザインしたのは、おそらくこのオペラの本質が、彼らオウム人間カップルにあることを見抜いていたからだ。
もしこの茶器を使う機会があれば「魔笛」のレコードやCDを聞きながら、あるいは映像を眺めながら、お茶を飲んでいただきたい。経験をもとにいえば、 なんとなく愉快で贅沢な気分になれるだろう。そして、おそらくその「ちょっとした楽しさ」が、ヴィンブラッドが「魔笛」の造形を通じて伝えたかったメッ セージなのだと、思う。
このカップ&ソーサーの裏には、パパゲーノとパパゲーナによる第2幕24場「これからずっと仲よくやろうねって言ってくれりゃ、あんたの彼女がどんなに 優しくあんたを愛するかがわかるよ」「ウヘー、優しいね、このバカ」と、第2幕29場のプロポーズ場面「じゃあ、かわいい女房になってくれ」「じゃあ、 あんたも私の大事な人よ」というセリフが描かれている。
(オペラ対訳ライブラリー モーツァルト「魔笛」荒井秀直訳:音楽之友社刊より)
「魔笛」をはじめとするヴィンブラッドの作品を中心に展示。会期中は厳選した茶器や陶器製フィギアなどを特別価格で販売いたします。 また併せて3月27日には自由が丘ティーサロンにて「魔笛」をテーマに贅沢な音楽茶会を催します。詳細は裏表紙インフォメーションをご覧ください。















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