フランス中西部のリモージュ地方は1768年の良質な粘土=カオリンの発見以降、薄手の高級磁器産地として知られる。1842年に創立したアビランド社は、1867年のパリ万博で金賞を受賞して以来、日本を含む世界各国の王室・皇室から注文が押し寄せたリモージュを代表する人気ブランドだ。
この可憐なスミレ柄の茶器は、1901年にナポレオン3世皇后ユジェニーのためにデザインされたという由来を持ち、現在もフランス政府の国賓接待公式ディナーにも供される由緒正しき逸品。当時パリを中心に流行していたアールヌーボー調の曲線美が魅力的だが、しかしなぜスミレの花?
おそらくその理由は、フランス第一帝政の英雄、皇帝ナポレオンへとさかのぼる。
西洋ではスミレは春を告げる再生の象徴。そして観賞用に栽培されるバラやチューリップなどと異なり、誰もが親しめる野に咲く花。革命後に国民投票で皇帝となったナポレオンは、そんなスミレの花をこよなく愛した。彼がエルバ島に流された時の「スミレの花が咲く頃に帰ってくる」という言葉はあまりにも有名だ。
ナポレオンの没後、復権したブルボン王朝によりスミレは国家反逆の印とされる。しかし約30年を経て、ナポレオン3世が君主となると時代は一転、再びスミレは人気の図案になった。
清楚で生命力に満ちたスミレは、ひそかに英雄の偉業を語り継ぎながら、永遠に咲き続けている。
■リモージュ磁器とアビランド社について
フランス印象派を代表する画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの故郷、オート・ビエンヌ県の県都リモージュは、首都パリから約350km南に位置するフランス中西部の都市。古くから金属工芸やエマイユ(七宝焼)、宗教写本などの職人が集まる文化の中心地として知られ、1766年に白磁器に最適な粘土= カオリンが発見されて以降、高品質な磁器産地として知られている。
ニューヨークで貿易商を営んでいたダビッド・アビランドが、白く輝くようなテクスチャーと、薄く繊細で軽やかなフォルムが特徴のリモージュ磁器に魅入られてアトリエを創立したのは、ルノワール誕生の翌年1842年のこと。以後、高い芸術性と洗練されたフォルム、近代的な品質管理や技術に優れたアビランドは、創業からわずか10数年でヨーロッパ屈指の規模に事業を拡大。特にナポレオン3世が開催した1867年のパリ万博で金賞を受賞してからは、日本を含む世界各国の皇室・王室や政府から注文が殺到した。伝統を保ちながら、時代の先駆者として革新的な美をテーブルウエアにもたらし、現在まで160年間以上にわたり、ゆるがぬ名声を保っている。
■アールヌーボーとスミレ
19世紀後半、産業皇帝との異名を持つナポレオン3世の時代=第二帝政。フランスでは「新しい芸術」を意味するアールヌーボー様式のデザインが流行する。
これはそれまでの美術のパトロンであった王室や教会が求める、シンメトリーを基本とする重厚な美意識に対して、波や水面、動植物、人体などの曲線を強調した、オリエンタリズムやフォークアートの影響を受けた繊細なフォルムが特徴だった。
世界最初の百貨店ボンマルシェが開店するなど、現代消費社会のひな形が生まれ、エミール・ゾラが小説「ナナ」で描写したような、新興ブルジョワ貴族と美女が戯れ闊歩した、フランス第二帝政時代のバブルでエロティックな時代。生命を謳歌・賛美しながらも、どこか退廃的なムードのアールヌーボー様式は、パリを発信地としてヨーロッパ中で大流行する。
このアールヌーボーを代表する意匠の一つが、ヨーロッパの花言葉では「誠実」や「慎ましい幸福」を意味し、フランスでは英雄ナポレオンの象徴として知られる、小さなスミレの花だったことは、はたして偶然だろうか?
二度の世界大戦を経て、バウハウス等を源流とする合理主義が世界を支配する前に、一瞬だけ開花したアールヌーボー様式のデザインは、現在ではほとんどがついえてしまった。
そしてイギリスで客死したまま120余年、遺骸が祖国に戻ることなく眠り続けているフランス最後の皇帝ナポレオン3世と、その皇妃を記念した、第二帝政時代を反映したデザインの食器が今もこうして人々に親しまれているのは、まさに現代に残された奇跡かもしれない。
歴史的な名作から現代の作品まで春らしい茶器・食器を展示販売いたします。またこれを記念してアビランドのカップ&ソーサーを使い、リモージュ磁器の歴史と魅力を楽しむサロンお茶会を開催いたします。日時:4月17日10:30〜11:45、参加費:4,000円。お問い合わせ・お申し込みはルピシアティースクール.0120-95-3699(平日10:30〜18:30)まで。 詳細はこちら >>
















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