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Vol.3 千年の鋳物、新たな姿菊地保寿堂「ふく」

山形鋳物(やまがたいもの)は、山形県山形市とその周辺に伝わる鋳物で、千年近い歴史を誇る。その薄手で繊細な肌と正確な形は、茶道の世界でも絶大な支持を受け、茶釜や鉄瓶などに優れた作品を数多く生み出している。1975年には、経済産業省(当時の通産省)から伝統的工芸品の指定を受けた。

この伝統の山形鋳物に、近年新しい風が吹いた。フェラーリやマセラティーなど最先端の工業デザインを手がける奥山清行氏が、出身地である山形を拠点に日本のモノづくりを活性化させる企画「山形工房」をはじめたのだ。山形の伝統産業である木工や織物、そして鋳物が、奥山氏の手による斬新なデザインで新たな姿を見せはじめる。

四百年続く山形鋳物の老舗・菊地保寿堂と奥山氏とのコラボレーションで生まれた鉄製ポット「ふく」。どこからみてもまるいフォルムが、えも言はず心地よい。そして鉄の持つ重量感や荒々しさといった印象を感じさせない、なめらかな肌。「至福のひとときのために」という思いを込めた奥山氏のデザインに、菊地保寿堂の四百年の技術が見事に応えて生まれた作品だ。

菊地保寿堂と奥山氏のコラボレーション第一作「繭(まゆ)」は、研ぎ澄まされた美しさで空間にほどよい緊張感を添える。それに対して二作目となる「ふく」は、その不思議な優しさで手にするものの心を柔らかにほぐす。てらいも虚飾もない姿はとても素直で福々しく、芸術きどりの嫌みがない。職人技の極まった美しさだ。山形鋳物は何も現代風に「生まれ変わった」わけではなく、新たな美の一面を引き出されたのだなぁと思う。

■「銅町」「鋳物町」

山形市には「銅町」という町名がある。「山形市で是非訪れなければならないのは銅町であります。よい家並が今も揃っております」とは、民芸運動家・柳宗悦の言葉。道路の両側に鋳物の店がずらりと軒を並べるこの町の誕生は、今から四百年ほど前、慶長年間にさかのぼる。

山形の領主・最上義光(もがみよしあき、1546〜1614年)は城下の再編成を行い、領内の鋳物師をこの地域に集め銅町と命名した。当時の山形の町は、修験道で知られた出羽三山神社の霊験への参詣人が一夏一万人にも及ぶ賑やかな門前町であり、梵鐘や灯籠などに加えみやげ用の仏具、日用品なども鋳造されるようになり、銅町は一大鋳物産地として発展していった。

太平洋戦争に入ると、伝統の鋳物産業も軍需産業の下に置かれ、飛行機部品などを作るようになった。しかし、銅町で作られた鋳物が金属資源として回収され、無造作に積み上げられる様子を見ると、人々は作った職人を忍んで胸がいたむ思いだったことだろう。

戦後の1973年、敷地が手狭になり施設も老朽化してきたため、山形鋳物工業団地へ工場の集団移転をし「鋳物町」と命名。設備も近代化され、新たな歴史むけて一歩を踏み出した。現在は工芸鋳物のほかに、自動車部品や工業部品などの機械鋳物とともに発展している。

■ 山形鋳物の製法・・・菊地保寿堂の工房を訪ねて

山形市鋳物町に工房を構える(店舗は銅町)菊地保寿堂は、四百年の歴史を持つ老舗。伝統的な茶道の茶釜などの伝統工芸品、各地方自治体などのモニュメントや、芸術家・岡本太郎氏の金属彫刻作品などの一点物の美術品、ブロンズなどの鋳物を製造するための各種金属加工施設がある。こちらの工房で、山形鋳物の制作過程を見せていただいた。(写真:菊地保寿堂 菊地規泰社長)

山形鋳物のはじまりは、1060年頃、源頼義の奥州平定に従軍した鋳物師が、この地の土と山形市内を流れる馬見ヶ崎川の砂が鋳造に適していることを発見し、山形に腰を据えたことと伝えられている。この話からも分かるように、鋳物には良質で豊富な砂がかかせない。それは伝統的な鋳物の製法が、砂で作った型の空洞の中に、ドロドロに溶かした鉄(写真1:「湯」ともいう)を流し込んで作られるためだ(写真2)。

写真3は、伝統的な手作りで組み上げた砂型を作る作業。山形鋳物が、岩手・南部鉄器などと異なるのは、この砂に秘密がある。県内東部の蔵王山脈の岩石が削られた荒々しい山砂(写真4)は、拡大すると非常に尖った鋭角の結晶の形状になっている。この砂は細かい意匠などの彫刻をしやすいのみならず、尖った砂と砂の隙間に空間があるため、熱した金属が流れ込み冷却する際に放出されるガスの抜け道が自然に形成され、細かい加工がしやすい特徴がある。

そのため、山形の鋳物の特徴は「薄造り」と形容され、非常に薄く繊細に仕上げることができる。特に、江戸時代の忘れられた製法を長時間かけて解明して作ったという鉄製コースター(写真5)のような、繊細な表情を持つ「薄造り」鋳物は、山形鋳物の独擅場だ。一方、河口などで採掘された他産地の砂型の多くは結晶が丸く、薄い金属鋳物を鋳造しようとすると、金属のガスの通り道がふさがれるために、製品に欠けや組織の不均一による欠陥などが生じるため、比較的、肉厚で形も丸くなる傾向がある。

製法
<製法>
  • 「ふく」のように、同じデザインの製品を量産するには、まずアルミなどで原型を作成。それを元に、砂型を作るための元の型をつくる。現代では設計にコンピュータシステムなども利用するが、それだけでは合わない微妙な調整が必要になる。
  • 次に中子(なかご)と呼ばれる、鋳物の中の空間を作るための砂や糊を固めた型を用意して、外側の砂型と組み合わせて完成させる。砂の中にポットならポット、お鍋ならお鍋の形をした空洞が空いた状態の型を作るということだ。熟練と経験が必要な重要な作業。
  • 続いて鉄の塊(インゴット)と、廃品の鋳物や自動車部品などをブレンドした鉄の材料を、約1500℃以上に坩堝(るつぼ)で溶かす。再利用の鉄を使用しているのは、リサイクルという意味もあるが、その方が鉄の組織がより複雑な構造になり、割れたり壊れにくい製品が作られるためである。
  • ドロドロに溶けた鉄に石灰の粉を振りかけ、不純物を取り除いた後、いよいよ坩堝から溶けた鉄の湯を杓子にとって、砂型に流し込む。工場内は緊張感に包まれ、職人たちがそれぞれが役割分担に従ってテキパキ動きだす。
  • 砂型に含まれている水分が溶けた鉄の熱で蒸発し、鉄が凝固していく時に放出されるガスが、こまかい煙となって型の上をメラメラとゆらめく。流し込む湯の周りには、無数の火花が飛び散り続け、衣服などに付くと燃えて穴が空いてしまう危険な工程。
  • その後、まだ砂型の一部が真っ赤に燃えている状態のまま、中から鋳物を割り出す。
  • 最後に、細かい部分の穴空けなどの加工、塗装の焼き付け、ホーローの焼き付け(一部商品)、ハンドル取り付けなどの各種加工・検査を経てようやく商品となる。

これらの金属加工には、金属調合などに関する素材そのものの知識はもちろん、熱の縮尺率の計算や様々な素材の持つ適正、マーケットの流行やデザイン造形のセンスなど、非常に多岐に渡る知識と経験が求められる。こうして見てくると、「ふく」や「繭」に代表される洗練された斬新なデザインも、確かな伝統の技術という下地があってはじめて可能なのだと実感できる。

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