ルピシア グルマン通信3月 Vol.107 ルピシア グルマン通信3月 Vol.107
シェフのお気に入り 厚岸(あっけし)の牡蠣(かき) シェフのお気に入り 厚岸(あっけし)の牡蠣(かき)

ヴィラ ルピシアのあるニセコから東へ約400km。道東の町、厚岸。厚岸といえば牡蠣の名産地としてご存じの方も多いはず。今回のお目当てはその牡蠣です。植松シェフは約6時間の長い道のりを車でひた走りました。

太古からの名産地

「北海道には牡蠣の産地がいくつもあるんですが、個人的に厚岸産が好きです。今回はいつもおいしい牡蠣を届けてくださる漁師さんを訪ねます。非常に楽しみです」と遠路も苦にせず上機嫌な植松シェフです。

厚岸の名前の由来は諸説ありますが、アイヌ語で“牡蠣のある所”という意味の「アッケケシ」であるとも言われています。厚岸と牡蠣との関わりは深く、数千年前の遺跡より貝塚が発見されていることは、古くからこの土地で牡蠣が重要な資源であったことを伝えています。古来、この地域に生息していた牡蠣は殻の長さが30〜40cmもあるエゾガキあるいはナガガキと呼ばれる品種でした。しかし、明治期の乱獲により、一時期、絶滅に瀕してしまいます。その後、地元漁業関係者のさまざまな努力により、厚岸の牡蠣は復活を果たしました。

現在、厚岸の牡蠣漁は養殖が主軸ですが、厚岸の海がおいしい牡蠣を育む環境に最適であることに変わりはありません。その重要な要素の一つに厚岸湖があります。厚岸湖は海水と淡水が入り交じる汽水湖で、植物性プランクトンが豊富です。また、それに繋がる厚岸湾は海水の温度が低く、牡蠣がゆっくりと育つのだそうです。厚岸湖と厚岸湾、この異なった環境を巧みに使い分けて、厚岸ならではの豊潤な旨みを蓄えた牡蠣が産み出されています。

現在、厚岸で生産されている牡蠣は主に3種類。「カキえもん」「マルえもん」そして「弁天かき」。それぞれ背景や生産方法が異なる個性的な牡蠣です。

厚岸の牡蠣漁師さん

車は赤い厚岸大橋を渡り、いよいよ目的地へ到着。午前中の漁を終えて帰港したばかりの、黄色いゴム長靴を履いた男性が手を振って迎えてくれました。

厚岸で代々続く漁師の家に生まれた南谷光彦(みなみやあきひろ)さん。20年前、お父様の代に始めた牡蠣養殖漁業を継ぎ、現在もお父様と一緒に漁をされています。浜の男らしく、一見寡黙で、実は心優しい、笑顔が印象的な漁師さんです。

植松シェフは約8年前から南谷さんから牡蠣を仕入れていますが、実は実際にお会いするのは今回が初めてだとか。

「はじめまして……と言うのも変ですが、お世話になっています」

「見て驚いたでしょ? ウチは個人でやってるから小規模ですよ」

「いえいえ、だからこそいいんじゃないですか」

お互い、ちょっと遠慮がちに話が始まりました。

厚岸のこだわり

南谷さんによれば、現在、厚岸で牡蠣養殖漁業を営むのは百数十軒。その数は年々減少傾向にあるのだとか。牡蠣の養殖期間は2年から3年。時間をかければ大きくなりますが、その分、収穫量も少なくなるそうです。「厚岸の牡蠣は手間のかけ方が違いますから」と、南谷さんはそのご苦労を語り始めました。「品種により作業手順は異なりますが、厚岸の牡蠣は厚岸湖の中である程度まで育てた後、カゴに移して厚岸湾の沖へ移動させます。一定期間、そこでプランクトンなどを蓄えさせ、おいしい牡蠣に仕上げるのです。この手間が他所とは異なる厚岸の牡蠣の特徴です」

「場所を移動させているのですか!? それはすごい! そんなに手間をかけられているとは知りませんでした」と感激する植松シェフ。

厚岸では湖と湾、異なった環境を使い分けることにより、牡蠣の成長を適切にコントロール。その結果、牡蠣の通年出荷に成功するに至りました。人の知恵と努力、自然の力の見事なコラボレーションです。

「このお仕事で一番難しいことは何ですか」と問う植松シェフに、南谷さんは淡々と、こう答えてくれました。

「特別に難しいことはありませんよ。毎年、同じことを同じようにやっていますが、自然相手ですから良い年もあれば、そうでない年もあります(笑)」

自然に逆らわず、自然の力を活用し、最大限の努力を重ね、おいしい牡蠣を生産する厚岸漁師・南谷さんの意地が伝わってくるような発言でした。

シェフのお気に入り

厚岸からの帰り道、植松シェフは次のように語りました。

「厚岸近辺にも生産地の名前を冠したブランド牡蠣はありますが、僕は厚岸産が一番好きです。厚岸の牡蠣のイメージは塩分控えめ、味濃いめ。北海道の牡蠣は全国的にも味が濃いと思います。それと日本海側の牡蠣は塩分というか、海の味が強い。厚岸の牡蠣は、汽水で育っているせいでしょうか、そこまでしょっぱくない。すべての厚岸の牡蠣を使ったことがあるわけじゃないから、正確には『南谷さんの牡蠣は』ですが。牡蠣の調理は火加減が決め手です。南谷さんの牡蠣は熱を加えても縮みが少ない。生の大きさを保ち、プリッとしたまま火が通る。南谷さんの牡蠣は安定のおいしさです」

植松シェフ絶賛の厚岸・南谷さんの牡蠣を使った牡蠣メニュー。
どうぞお試しください!