ルピシア グルマン通信4月 Vol.108 ルピシア グルマン通信4月 Vol.108
北海道のいかめし 北海道のいかめし

今回のテーマは「北海道のいかめし」。「いかめし」といえば百貨店で開催される北海道物産展や全国駅弁大会の人気商品として愛して止まない方も多いはず。さて、植松シェフが考案した現代の北海道ならではの「新感覚いかめし」とはどんなメニューなのでしょうか?

郷土料理から人気の駅弁へ

戦前より、津軽海峡から北海道の日本海にかけての海域はスルメイカ(真イカ)資源に恵まれていました。よって、北海道の日本海側や道南地域では生のイカに米やジャガイモを詰め、醤油味で煮込んだ郷土料理が古くから存在していたそうです。

では、駅弁「いかめし」はどのように誕生したのでしょうか? 函館から北へ50キロほど、噴火湾(内浦湾)に面した漁港町・森町。1941年(昭和16年)、この町で駅弁「いかめし」は誕生しました。戦時下であった当時、米が配給制となり、日本中が腹を空かせていた時代。この地域ではスルメイカが大量に水揚げされていましたが、小ぶりのものはその場で捨てられていました。それに着目したのが森駅で駅弁を販売していた地元の業者さん。少ないお米でもイカに詰めて食べると満腹感が得られると思い付きます。こうして誕生した駅弁「いかめし」は腹持ちがいいと大人気となります。中でも喜んだのは陸軍の兵士たちだったそうです。森駅は函館本線で旭川駐屯地へつながる路線。移動中の兵士たちは駅弁「いかめし」で空腹を満たしたといいます。

昭和30年代に入ると鉄道の高速化が進み、森駅に停車する列車が減少。駅弁の売り上げが落ち込みます。そんな時、東京の百貨店で全国駅弁大会が催され、森町から「いかめし」が出店することに。「いかめし」は大好評を呼び、その人気は今日も変わることなく、北海道を代表する駅弁として親しまれています。

“縄文のイカ形土偶!?

「いやぁ、これは想像以上、サイズ感といい、見れば見るほど“いかめし”ですね」とうなるヴィラ ルピシアの植松シェフ。ここはニセコから南へ車で約2時間、森町の「森町遺跡発掘調査事務所」内にある展示室。町内の遺跡から出土した土器や石器などが展示されています。先ほどから植松シェフがしげしげと眺めているのは「鷲ノ木(わしのき)遺跡」という縄文時代の遺跡から出土した鐸形(たくがた)土製品。縄文時代の遺跡の周辺から発掘される土人形を土偶と呼びますが、「鷲ノ木遺跡」の周辺からはなんと “イカ形の土偶”が出土していると聞きつけた植松シェフ。実際にそれを見にやって来ました。

「『いかめし』発祥の地で“イカ形の土偶(正しくは土製品)”が出土するなんて出来過ぎですよね」と植松シェフ。

「鷲ノ木遺跡」は高速道路を建設する際に発見された遺跡。保存のため、遺跡の下に道路を通過させたという、全国でも類を見ない遺跡です。遺跡の周辺からは多くの土器や石器、生活の跡が発掘されています。そんな遺物の中の一つがイカ形土製品、縄文時代後期(約4000年前)に作られた祭りや儀礼の道具だと推測されています。

「しかも、このイカは調理されています。いいですか、熱を入れないとこんな風にふっくらしませんから」と力説する植松シェフ。これには案内をしてくださった森町教育委員会の方も「初めて聞く指摘ですが、確かに」と真顔。料理人のこの指摘、ひょっとすると考古学界を揺るがすことになるかも!?

展示室を後にして、植松シェフはJ R函館本線の森駅へ。現在でも駅前の商店で駅弁「いかめし」が販売されています。

「子供の頃から『いかめし』といえば、やっぱりコレだったんですよね」と懐かしそうな植松シェフ。先人に敬意を込め、駅弁「いかめし」を手に森駅前で記念写真を撮影し、森町を後にしました。

今だからできること

「最近、混ぜご飯などのメニュー開発が続いていて、ご飯もののおいしさを再認識していました。『いかめし』って小ぶりで少量でも満足感が得られる餅(もち)米との相性がいい。甘辛の味付けも日本人好み。あまりに完成度が高いので、あえてアレンジしようと考える人が少ない。逆にそこがおもしろいって思ったんです」

そこで着目したのが、「いかめし」のヴィジュアルだったそうです。

「今回はヴィジュアルイメージからアプローチしたんです。たとえば、包丁で切ると、中から鮮やかな黄色いサフランライスが出てきたら楽しいんじゃないか? あるいは、煮込んだ飴色は醤油独特のものですが、では醤油以外で煮込んだらどうなるのか? って考え、トマトソースや薬膳スープなどを使い、試行錯誤を繰り返しました。もちろん、中に詰めるご飯との相性も考えて、見ても、味わってもおいしい『新感覚いかめし』を作りました」

今回、森町を訪れて知ったことがもう一つ。それは1920年(大正9年)に森町に日本初の魚の冷凍工場が建設されていたこと。

「森町が日本の食品冷凍発祥の地というのもご縁を感じますね。駅弁『いかめし』は保存性や携帯性に優れた、みごとに完成された商品です。しかし、冷凍技術が進化した現在、北海道のキッチンで調理した出来たての味をそのまま全国のご家庭にお届けできるようになりました。今回、外はイカのプリっとした食感が楽しめ、中は炊きたてのような、これこそが僕が考える『新感覚いかめし』というメニューをお届けします」

2021年の今だから味わえる植松シェフの「新感覚いかめし」、どうぞお楽しみください。

取材協力:森町教育委員会 社会教育課文化財保護係。画像提供:函館市 経済部食産業振興課「おいしい函館」。