ルピシアだより 2017年2月号
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お茶と落語

メディアで取り上げられたり、ワンコインで楽しめる深夜寄席が幅広い世代の人気を集めたりと、最近話題の落語。今月は、そんな落語とお茶の意外な共通点を探ります。

お茶と落語 源右衛門窯 祥瑞手梅鳥(漆蓋付)湯呑
浮世絵イラスト:たばこと塩の博物館 所蔵「茲三題噺集会」(一恵斎芳幾 画・1862年)
お茶と落語の深い仲 お茶と落語の深い仲

前座はお茶に悪戦苦闘

落語は、噺家(はなしか)がすべての登場人物を一人で演じ分けて話す伝統芸能です。噺の最後に必ず「落ち(下げ)」があるので落語と呼ばれるようになりました。

その落語を間近で楽しめるのが寄席(よせ)。楽屋裏では、「前座」と呼ばれる噺家の卵たちが、師匠方に慌ただしくお茶を出す姿が見られます。前座とは、東京の落語界にある3つの階級(前座、二ツ目、真打)の一番下の人たち。楽屋でのお茶出しや、師匠方の着付けの手伝いなど、楽屋仕事はすべて前座が行います。

「前座修行で一番苦労したのは、お茶出しですね」。こう語るのは、約4年の前座修行を経て、昨年、二ツ目に昇進した三遊亭(さんゆうてい)わん丈(じょう)さん。

わん丈さんが見せてくれた一冊の名鑑には、数百を超える師匠ごとに、お茶を出す際の注意点を書いたメモがびっしり!好みの温度や濃さ、お茶出しの回数、湯呑みを置く位置などが細かく記録されています。

思いやりと間(ま)を学ぶ

わん丈さんいわく、「お茶出しは、相手を思いやる気持ちと、落語に必要な間を学ぶ修行の場」。お茶の好みを把握するには、まず相手をよく観察すること。そして、相手の心地よいタイミング(=間)で、お茶を上げ下げする。その繰り返しが、落語に必要な思いやりと間の習得につながると話します。

わん丈さんがこんなエピソードを教えてくれました。「ある10日間の興行でのこと。病気をされてしばらくお白湯を飲んでいた師匠が、そろそろお茶が飲みたいとおっしゃる。だから初日は体が驚かないように薄めの緑茶をいれて、10日間で徐々に濃くしていったんです。それに師匠も気づいてくれていて、千秋楽にはありがとうってお小遣いをくださいました」

お茶はおもてなし

お茶を通じて、前座と師匠の気持ちが通い合う。何とも粋な話ですが、思い起こせば、皆さんにも似たような経験があるのではないでしょうか。

例えば、寒い外から帰ってきた時、「おかえり」と出迎えてくれた温かい紅茶。「ちょっと休憩しない?」と、仕事の合間に差し出されたおいしい日本茶。一杯のお茶から相手の優しさが伝わって、あたたかい気持ちに包まれることがありますよね。それは、お茶が「おもてなしの心」を表すものだからでしょう。

「まくら」のコツ

面白い話で人を笑わせる落語家は、いわば究極のサービス業。おもてなしのプロです。その前座修行の一つに「お茶」があるのには、お茶がおもてなしの心を伝えるコミュニケーションツールであることと、決して無縁ではないはずです。

落語家は高座(こうざ)に上がると、いきなり本題に入るのではなく、軽い小話で観客を温めます。これが「まくら」と呼ばれるもので、観客が共感できる話題で心を掴み、観客を自分の間にぐっと引き込みます。

落語家で「あなたのプレゼンに『まくら』はあるか?」の著者でもある立川志の春(たてかわしのはる)さんは、まくらは「あなた(観客)に興味がありますよ、好きですよ」と伝える手段だと述べています。まくらでいい関係を築ければ、うまく本題に入れる。そのためにも、常に相手のことが頭にあるかどうかが重要だといいます。

何だか、落語のまくらってお茶に似ていませんか?

気持ちのこもったお茶を出されて嫌な人はいません。それどころか、その気遣いにすっかりハートを掴まれてしまいますよね。

良好なコミュニケーションのあるところには、お茶と笑いあり。落語の世界を覗いてみて、そんなことに気づかされました。

高座湯呑み、その中身は!?

落語家は高座の時、湯呑みを脇に置いているイメージがあります。でも、それはかなり稀で、大半の落語家は湯呑みを使いません。

必ず湯呑みを使うことで有名なのが、故・六代目三遊亭圓生(さんゆうていえんしょう)や人間国宝の柳家小三治(こさんじ)。しかし、中身はお茶ではありませんでした。圓生の湯呑みの中身は白湯。一方、小三治は、喉を痛めないように漢方薬を入れているといわれます。

いずれにしても、高座湯呑みの目的は水分を摂ることではなく、湯気で喉を湿らせること。蓋付きの湯呑みが使われるのも、湯気をこもらせるためなのだそうです。(敬称略)


お茶が登場する落語

お茶が登場する落語には、知ったかぶりの知識人を皮肉った「茶の湯」や、遊郭を舞台にした笑い噺の「お茶汲み」などがあります。最も有名な古典落語の一つ「饅頭こわい」では、大事な落ちでお茶が出てきますよね。

お茶がメインの噺でなくても、お茶のシーンは江戸庶民の日常を象徴する風景。「まあまあ、お茶でもおあがり」「なんでぇ、茶も出さないのかい」なんて会話を皮切りにドタバタ劇が始まります。今も昔も、お茶はコミュニケーションのきっかけ。お茶の存在に注目しながら落語を聞くのも一興かも!?

笑いはがんを予防する

  • ――らく朝師匠の「健康落語」、面白かったです。大笑いしすぎて疲れました(笑)。
  • らく朝:笑うと横隔膜を動かすから血行も心肺機能も良くなる。ほとんど運動をしているのと同じですからね。
  • ――笑いの効能は医学的なデータでも証明されているのだと聞きました。
  • らく朝:笑いの効能は大きく3つあって、1つは乱れた免疫機能を正常化する効果です。笑うとがん細胞やウイルスをやっつけるナチュラルキラー細胞が活性化する。つまり、インフルエンザやがんの予防になるんです。
  • ――2つ目の効能は?
  • らく朝:血圧を下げる効果です。人の体はストレス状態では交感神経が優位になり、血圧や脈拍が上がる。逆にリラックス状態では副交感神経が優位になって血圧が下がるんですが、笑うとそのリラックスモードに体を変えてくれるんです。
  • ――3つ目の効能は?
  • らく朝:血糖値を下げる効果です。笑うと遺伝子の作用で血糖値の上昇が抑制される。つまり糖尿病の改善が期待できるわけです。
  • ――笑いの力ってすごいんですね。でも、健康効果ではお茶も負けていませんよね?
  • らく朝:もちろん。緑茶はカテキンが豊富なので、抗酸化作用が非常に強い。緑茶をよく飲む人は、全く飲まない人と比べて認知症のリスクが1/2〜1/3に減ったという研究結果も出ています。
  • ――お茶を飲みながら落語を聞けば怖いものなし!
  • らく朝:笑いすぎによる誤嚥(ごえん)だけは要注意だけどね(笑)。

親父ギャグは思いやり

  • ――師匠は、楽屋で前座さんからお茶を出されることも多くありますよね?
  • らく朝:ええ。お茶は相手に対するおもてなし。だから、ただ出せばいいってもんじゃない。出すタイミングが大事なんです。芸人はサービス業ですから、相手の気持ちが分からないと務まりません。お茶はそのための第一歩。同じお茶でもいれ方一つで味が違うでしょ。「ああ、丁寧にいれてくれたな」というのは、飲めば分かりますから。
  • ――確かに。お茶は気持ちを伝えるコミュニケーションの一つでもありますよね。
  • らく朝:おっしゃる通り。笑いの基本も、実はコミュニケーションです。何人かでいると、その場を和ませようと親父ギャグを言う人がいるでしょ。あれは相手に対する気遣いの表れ。笑いを求めるならば、まず思いやりの気持ちを持つこと。お茶も笑いも、これが出発点じゃないでしょうか。
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