ルピシア グルマン通信10月号 Vol.86 ルピシア グルマン通信10月号 Vol.86
風と土から奇跡のジャガイモ 風と土から奇跡のジャガイモ

今月のテーマは北海道の実りの秋を代表する食材、ジャガイモ。北海道のジャガイモがおいしいことはご承知のとおり……ですが、今回はそれを超えるジャガイモメニューをご紹介しましょう。

ジャガイモと北海道

ジャガイモは南米アンデス中南部、ペルー周辺が発祥と言われています。16世紀ごろ、スペイン人がヨーロッパ大陸へ持ち帰り、欧州各地へ広まります。アメリカ大陸へは18世紀、アイルランドからの移民が持ち込みました。

日本へはと言うと1598年、オランダ人が持ち込んだという記録があります。ジャワ島のジャガタラ(現在のジャカルタ)を経由して伝わったため、ジャガタライモという呼び名が転じてジャガイモとなったとか。ちなみに馬鈴薯(ばれいしょ)という呼び名は馬の首につける鈴に似ていることに由来すると言われています。

北海道で本格的にジャガイモ栽培が始まるのは明治以降のこと。アメリカ、イギリス、ドイツなどからジャガイモの優良品種を導入しました。北海道の気候や風土とも適合し、ジャガイモは北海道を象徴する農作物へと成長。今日、北海道は日本一のジャガイモの生産地となり、国内生産量の8割以上を占めるに至りました。

さて、ジャガイモの代名詞とも言える「男爵(だんしゃく)」。その名の由来は1908 年に函館の実業家・川田龍吉(かわたりょうきち)男爵がイギリスから輸入した「アイリッシュ・コブラー」という品種が広まり、のちに「男爵イモ」と呼ばれるようになったとか。川田男爵は最新式の機械農機具を積極的に輸入するなど北海道の農業の発展に貢献しました。

今日、ジャガイモは日本全土で栽培され、本州の温暖な地域や九州など南のエリアでは二毛作が可能ですが、北海道では春に植えた種芋を秋に収穫します。生産されている品種は約60種。一般の調理用、デンプン採取用、あるいはポテトチップスなどの加工用など、品種によりさまざまな用途で流通しています。

ところで、ジャガイモは太ると思い込んでいる方が少なくないのではありませんか? ジャガイモの成分は8割が水分。水煮をしたジャガイモのカロリーはご飯の約半分以下。さらにビタミンB1やビタミンC、カリウムを含むなど、ジャガイモは実に健康的な食材なのです。

「おいしい」のその先

ニセコはジャガイモの名産地。男爵、メイクイーン、キタアカリ、インカのめざめなど、30数品種のジャガイモが栽培されています。

「ニセコ産のジャガイモは何を食べてもおいしい。なのでつい油断していたのですが、実は地域や生産者によって特徴があることに気がつきました。そうしたら、ますますジャガイモ料理が楽しくなってしまって」と笑うのはヴィラルピシアの植松シェフ。

今回、植松シェフがこだわったのはニセコの中でも通称「川北」と呼ばれる尻別(しりべつ)川の北側地域で生産されるジャガイモ。中でも「曽我(そが)」地域で生産されるジャガイモは最高級ブランドとして全国にその名を馳せています。

現在、曽我地域でジャガイモを生産している生産者はわずか8軒。今回、植松シェフはその中の1軒、倉地さんを訪ねました。

ニセコの地域ブランド

倉地さんはニセコの曽我地域で約100年、5代続く生産者。父・和博さん、母・直江さん、息子・知直さんの2世代で農業を営んでいます。倉地さんが生産しているジャガイモは男爵とキタアカリの2品種です。

「札幌の市場の仲買人が言うんです。ニセコの曽我のキタアカリは日本一だって」と顔をほころばす倉地さんは長年、曽我ブランドのジャガイモを牽引してきた生産者の一人。そのプライドと自信は並々ならぬものがあります。

「曽我のジャガイモは高価です。しかし、ほかとは味が違うという誇りがあります。曽我のジャガイモを食べたら、他所のジャガイモは食べられないというお客様もいらっしゃるくらいですよ」と倉地さんは胸を張ります。

曽我地域がジャガイモの生産に適している理由は3つあると言われています。まず、昼夜の寒暖差が大きいこと。次に栽培に適した火山層が混じった黒土土壌であること。そして、夏から秋にかけて山から涼しい風が吹き降ろすこと。このような自然環境がもたらす奇跡的な好条件という話、どこかロマネコンティの葡萄畑に似ていますね。こうした自然条件に加え、生産者の皆さんの努力がおいしい曽我のジャガイモを育んでいるのです。

春、遅い雪解けを待ち、植え付けられたジャガイモの種芋は夏、ニセコ周辺では7月中旬に花を咲かせます。そして秋、9月中旬に実りの時を迎え、10月下旬までにすべて収穫されます。ちなみにジャガイモの花の色は品種によってさまざま。男爵は淡い紫、メイクイーンは紫に白い絞り模様、キタアカリは赤紫の花弁が先に向かって白くグラデーションしています。

収穫されたジャガイモは倉庫で保管され、随時出荷されます。この「寝かされた時間」によってもジャガイモの風味は変化します。「収穫したばかりと越冬したジャガイモでは味も調理法も違います。それぞれに良さがあり、もちろん料理人はその状態に合わせてもっともおいしく調理します」と言う植松シェフです。

日本一のジャガイモ

今回、植松シェフが倉地さんに提供をお願いした品種はキタアカリ。札幌市場の仲買人が「日本一!」と称賛したジャガイモです。「キタアカリ特有の甘みと風味を味わってもらえる、おいしいニョッキを作りたいと思います」と語る植松シェフの目は真剣そのもの。

ほかにも今月は植松シェフ選りすぐりのニセコ産ジャガイモを使ったメニューがずらり。男爵を使ったフランス風のグラタン「マッシュポテトと牛肉の赤ワイン煮のグラタン」はジャガイモの王道とも言えるうまみとしっかりした食感を、同じ曽我地域の生産者、大作正樹(おおさくまさき)さんが作ったインカのめざめを使った「タラのグラティネ」では独特のきめ細やかな、滑らかな舌触りと豊かな香りをお楽しみいただけます。

“おいしい”のその先にある、“さらにおいしい”を目指す、料理人の飽くなき探究心。ニセコで生産者と寄り添い暮らす植松シェフが実際に足を運んで仕入れた至高の食材で作る素晴らしいメニューの数々。どうぞお楽しみください。