ルピシア グルマン通信6月 Vol.110 ルピシア グルマン通信6月 Vol.110
夏に向かう体にうれしい 十勝どろぶた料理 夏に向かう体にうれしい 十勝どろぶた料理

「うわぁ、風が強いですねぇ」。車から降りた途端、飛ばされそうになった帽子を必死に手で押さえた「ヴィラ ルピシア」の植松シェフ。ビュービューと音をたて風が吹き抜けるここは、帯広から南へ車で1時間ほどの幕別(まくべつ)町忠類中当(ちゅうるいなかとう)にある「エルパソ豚牧場」。今回はこの牧場で飼育されている「どろぶた」に会いに来ました。どろぶたとは、十勝の雄大な自然の中で放牧され育てられた、当牧場オリジナルのブランド豚。「やあ、いらっしゃい!! ちょっと待ってて」と重機に乗って登場したのが、どろぶたの生産者、株式会社エルパソの平林英明さん(75歳)。「怪我しちゃったんで」と重機の先には黒い豚が乗っています……。なにやら今回はワイルドな取材になりそうです。

放牧豚の始まり

「ウチは小規模だし、豚肉なんてどこも同じでしょう」と豪快に笑う平林さんに対し、「生産者までが明確な豚肉ってあまりないんです。しかも放牧されたものと聞けば、使ってみたくなるのが料理人の性(さが)ですよ」と返す植松シェフ。こんな楽しいやり取りで取材が始まりました。

平林さんが養豚を手掛けるようになったきっかけ、それは1973年に帯広で始めた喫茶店で、ソーセージや生ハム作りなど事業を拡大していく中で湧いた、素朴な疑問でした。

「この豚はどこで、どのように育ったのだろうと思って調べたところ、生産効率優先の日本の養豚の実情を知り、違和感を覚えたんです」。そして2000年、平林さんは放牧による養豚業をスタートさせました。

「エルパソ豚牧場」の広さは約30ヘクタール、常時1000〜1500頭ほどの豚が飼育されています。平林さんはこの牧場で繁殖から肥育、さらに牧場に併設された工場で肉の整形、加工、出荷までを一貫して行っています。

快適な環境作り

分娩棟で生まれた子豚は専用の豚舎で飼育され、生後100日くらいから放牧場へ移され、育成状況に合わせて、適切な環境で過ごします。北海道産の有機配合飼料に加え、大豆、カボチャ、さらにビタミンやミネラルを含んだ草の根や木の実、土を食んで育つ豚たち。一般的な飼育期間より2ヵ月長い、8ヵ月を経て、立派などろぶたへと成長します。

「一般的な養豚よりも手間と時間をかけています。もちろんその分、大きさもおいしさも違いますが、放牧は費用が嵩むので、他に手掛ける生産者はいません。豚のストレスを減らし、免疫力を高めること、清潔で快適な環境を整えることは感染予防にもなる。逆に言えば、そうした環境で育てることで、抗生物質などの薬に頼ることもありません」と話す平林さん。

「おもしろいですね。豚とこんなふうに過ごすことは初めてです。子豚は大丈夫ですが、成長した豚の甘噛みは結構強い。でも、優しい目をしていますね。慣れてくれば人懐っこい」と優しく笑う植松シェフ。警戒していたのは豚だけではなかったのかもしれません。

牧場を見渡す丘から林の中の小さな小川へ下ると、豚たちが水を飲んでいました。その姿はまるで野生動物のよう。ちなみに、豚が泥だらけなのにはちゃんと理由があります。体温調整が不得意な豚は、体に泥を付けることで、体の熱を下げるのだとか。さらに、泥にはハエや寄生虫を寄せ付けない効果も。豚たちは、どうしたら清潔に過ごすことができるのか、ちゃんとわかっているのだそうです。

良く生きるということ

「一般的な養豚では6ヵ月で120キロほどに育てるそうです。これはこれで経済効率が良い。でもウチは8ヵ月をかけ170〜180キロに育てます。自然の恵みをたらふく食べて、のびのびと大きく育ったのが「どろぶた」。このように育った豚の肉は保水力に優れ、オレイン酸の数値が高いと言われます。旨さが違うんです」と胸を張る平林さん。

「先にどろぶたをいただいて驚いたのですが、肉と脂の差が無いくらい、本当に脂身が旨い。もちろん、豚肉特有の臭みもまったく感じません。これは本当に素晴らしい豚だと確信しました」と植松シェフも絶賛。

「どうせ家畜だろう……などと、心無いことを言う人がいますが、私はそうは思いません。家畜も人間同様の生き物ですから、生きている間、精一杯『良く生きる』ことが大切なんです。元気で健康に生きた家畜こそが最高の家畜だと私は信じています」と平林さん。

「今回、牧場をお訪ねして、おっしゃる意味がよく理解できました。食の基本は健康ですから、健康に生きた命をいただく、それ以上のことはありません。感謝を込めて、料理させてもらいます」と植松シェフ。

夏は暑く冬は厳寒の十勝の厳しい自然の中で、のびのびと育ったどろぶたとの出会いから誕生した植松シェフ渾身のメニュー。豚肉好きの方にはもちろん、豚肉が苦手だという方にこそお試しいただきたい逸品です。