ルピシア グルマン通信9月 Vol.113 ルピシア グルマン通信9月 Vol.113
おいしい野菜 〜農業王国、北海道の魅力に迫る〜 おいしい野菜 〜農業王国、北海道の魅力に迫る〜

夏のニセコはおいしい夏野菜の宝庫。夏の体と食事の関係を掘り下げるため、漢方や生薬のプロフェッショナル・中村峰夫さんを訪ねたルピシア グルマンの植松シェフ。気持ちの良い風が吹き抜ける余市にある、中村さんの薬草園での対談となりました。

なんでも作ることができる

今日の北海道の農業について、最大の特徴は「なんでも作ることができる」ということです。

道東では酪農、西へ向かうと麦、芋、豆、それに落花生まで。日高山脈を越えると野菜や果樹が増えてきます。これは北海道の気候に合わせて、多くの先人たちが繰り返し努力してきたお陰です。約150年前、最初の入植者たちは、生きるためにどんな可能性でも試しました。そうしたフロンティアスピリッツ溢れる先人たちの努力の成果が今日の北海道なのだと思います。

第二に、これを北海道だけの特徴と言っていいかという問題はありますが、近年の気候温暖化の傾向が挙げられます。たとえば主に高級赤ワインの醸造に使われるブドウ品種ピノ・ノワール(フランス・ブルゴーニュ地方原産)は、日本では長らく長野や山梨の栽培が北限とされていましたが、2000年ごろから平均気温の上昇に伴い、北海道余市(よいち)町や仁木(にき)町での収穫に成功しました。これは温暖化の影響といえるでしょう。

不利を有利に変えていく

そして、北海道ならではの環境に由来する、不利を有利に転換していく試みも重要です。従来「弱み/できない」と思われていたものを「強み/できる」に変えることは、私たちの仕事の一つだと考えています。

たとえば北海道のリンゴは、青森よりも北にある関係から、一般的に実が堅く、酸っぱいといわれます。それは生食用としては弱点でしたが、ジャムやお菓子、料理のような加工品に用いる際には、形崩れしにくいという利点になります。私たちは製菓素材などで使いやすいように、北海道産のリンゴを新鮮なままカットして真空パックし、加熱殺菌することで、常温で最長1年間の保存が可能になる保存技術「レアフル」を開発しました。

さらに、原料の大部分を輸入に頼ってきたコーングリッツ(トウモロコシの粉)を、道産のトウモロコシで作ることに成功。近隣の生産者やJ Aの協力を得て、国産の「とうきび粉」を利用した料理やお菓子、また酒造メーカーと共同でバーボンウイスキーの開発を進めています。

将来的には、冬季を含めてオールシーズン闘える北海道農業を目指し、雪に耐える強度のあるビニールハウスを使った野菜作りを研究しています。野菜の中でも葉菜類は耐寒性があり、ホウレンソウなどは雪の下で枯れないどころか、逆に糖度が増して甘くなることもあります。すでに、旭川(あさひかわ)市に隣接する上川郡比布(ぴっぷ)町などで、さまざまな野菜の冬の試験栽培を始めています。

「水」の時代

もう一つ重要なものに「水」があります。水があるということは、すなわち人が生活できるということです。

近年の気象に関する未来予測では、2030年代から2050年代にかけて、地球上の多くのエリアで水が不足することが懸念されています。また、豊かな水資源があることの優位性が、世界のイニシアティブを握る時代が来るという予測もあります。

そんな中で、世界中の主な農耕地と比較して、年間降水量が1,000mm以上になる北海道と同じ緯度で、このように雨や雪が降る地域は稀です。20年、30年後、北海道が世界の「穀倉地帯」「食糧基地」として担う役割は、想像以上に重要になるでしょう。

過去と未来

明治6年(1873年)に中山久蔵(なかやまきゅうぞう)が北海道で稲作を成功させたことが北海道の農業の原点です。当時は4年に1度の冷害と闘いながら、寒さに耐える品種改良に先人たちは挑みました。

その後、戦後から1970年代まで、収量を求めて試行錯誤した北海道の米作りは、1980年代から1990年代にかけて、国策の変更も影響して、ゆるやかに量から質へ転換しました。

私たちの農業試験場の成果として、主に外食産業で、冷めてもおいしい北海道米として大流行した1990年登録の「きらら397」を経て、2011年登録の食味に優れた高級銘米「ゆめぴりか」が誕生。一時は全国で品切れを起こすほどのブームとなりました。そして今、稲作だけではなく、さまざまな野菜や穀物の栽培でも、同様の品種改良の試みを進めています。

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これからは生産者自身が誇れるような農作物を作る環境作り、それこそが北海道の農業の未来ではないかと考えています。一般的なサラリーマン家庭と比較して、生産者の所得はとても不安定です。さらに労働時間も長い。ある程度、収入が安定し、余暇も楽しめるような労働環境を作る。若い人が子育てをしながら、和気あいあいとゆとりを持って取り組むことができる農業やライフスタイルの創設も、私たち農業試験場の役割だと思っています。

来るべき「世界の穀倉地帯・北海道」の時代に向けて、私たちは研究と課題に取り組み続けます。そして、北海道にはまだまだ大きな可能性があると信じているのです。