お弁当の歩み
一般的に弁当とは、携帯できるようにした食料のこと。外出先や旅先で、食事の調達が難しい場合、食料を持参する習慣は万国共通ですが、日本では特に独自の発展を遂げました。これは日本のお米が、炊いた後、冷めても比較的味が落ちにくいことに由来しているともいわれています。
日本の弁当のおおよその起源は平安時代。当時は「頓食(とんじき)」と呼ばれたおにぎりや「乾飯(ほしいい)」と呼ばれる調理した乾燥米を携帯食としていました。
安土桃山時代になると、漆器の弁当箱が作られ、弁当は花見や茶会といった席でも食べられるようになります。この時代を代表する超豪華宴席、豊臣秀吉が催した「醍醐(だいご)の花見」をきっかけに広まったともいわれるのが「花見弁当」です。お弁当の器のふたを開けるときのワクワク感は格別です。日本人は弁当をエンターテインメントのひとつとして捉えるようになったといえるのではないでしょうか。
江戸時代になると弁当はさらに多様化し、庶民がおにぎりを竹の皮や竹籠に入れて持ち歩く「腰弁(こしべん)」、能や歌舞伎の幕間に観客が食べる「幕の内弁当」なども登場します。江戸の町には折詰弁当専門店まであったというから驚きです。
鉄道の駅で弁当が販売されるようになったのは明治時代。最初はおにぎりと漬物を竹の皮に包んだものでしたが、やがて折詰弁当へと発展していきます。
高度成長時代の1970年代に入ると持ち帰り弁当専門店、いわゆる「ほか弁」が登場します。同時に、当時急成長を遂げたコンビニエンスストアでも「コンビニ弁当」が人気となり、スーパーマーケットに総菜コーナーが登場するのもこの時期です。
もちろん、家庭で作る弁当の文化も根強く、弁当箱の中に食材で人気キャラクターなどを表現する「キャラ弁」の流行も記憶に新しいところ。これは、海外でも「 k y a r a b e n」として知られています。
このように日本人と弁当は常に時代とともに寄り添い、歩んできたといえるでしょう。