ルピシア グルマン通信11月 Vol.116 ルピシア グルマン通信11月 Vol.116
おシェフのイチ押し 北海道・十勝産ジャージー牛を味わう おシェフのイチ押し 北海道・十勝産ジャージー牛を味わう

「おいしい料理」ができるには、さまざまな要素があります。ニセコにあるグルマンの工場にも、ここにしかない要素、いわば“おいしさのヒミツ”があります。今回はそのヒミツのご紹介です。

“幻”の牛肉を求めて

「今回は、一年を締めくくるのにふさわしいごちそう素材の生産者を訪ねます。しかし、想像以上に山深いところですねぇ」と、ハンドルを握る植松シェフが向かう先はニセコから車で約4時間半、北海道のど真ん中・上川郡新得(しんとく)町。帯広平野の北、十勝川の上流にある十勝ダムのさらに上流、屈足(くったり)トムラウシに目指す「関谷(せきたに)牧場」はあります。植松シェフのお目当ては「関谷牧場」で肥育されているジャージー牛。同牛は、日本でもホルスタインに次いで飼われている乳牛種ですが、その肉はほとんど流通していません。関谷牧場は数少ない、そのジャージー牛肉の生産者です。

「やあ、遠くから、ようこそいらっしゃいました」と植松シェフを笑顔で迎えてくれたのは、牧場主の関谷達司(せきたにたつじ)さん。関谷さんがこの場所に牧場を開いたのは1989年のこと。関谷牧場の主な仕事は、生まれて間もない子牛を購入し、7〜8ヶ月かけて肉牛用の素牛(もとうし)として哺育・育成することです。関谷牧場で育った素牛は、別の肥育牧場でさらに肥育され、立派なブランド牛となります。

偶然の出会い

関谷さんがジャージー牛を手掛けるようになったのは、12年ほど前の出来事がきっかけでした。

「ある場所で、とても鳴き声の大きなジャージー牛のオスの子牛と出会いました。こんな元気な牛が処分……と思ったら、放っておけなくなりまして……。売り先の目処はありませんが、まあ30ヶ月の間に探せば良いかと引き取りました(笑)」と当時を振り返る関谷さん。乳牛として知られるジャージー牛ですが、オスは乳も出ず、発育も遅いため餌代が嵩むことから、一部が加工食品に用いられるほかは、ほとんど価値が付かないのだそうです。

「ホルスタインなら20ヶ月で約800kgになるところ、ジャージー牛は30ヶ月かけても追いつきません。要するに儲からないから、誰も手掛ける人がいない。でも、その肉は本当に驚くほどおいしかったんです」

最初は自家用として飼育するだけで、商売になるとは考えていなかったという関谷さん。それでも、機会あるごとにイタリアンやフレンチのシェフにサンプルとしてジャージー牛の肉を提供されたそうです。

「すると皆さん、『こんなにおいしい肉は初めてだ』と言うんです」。最初のころはインターネットを通じて、自分たちの手で直接販売を試みましたが、牧場の仕事との両立は困難でした。その後、取り扱ってくれる食肉業者と出会い、現在では常時約300頭のジャージー牛を肥育するようになりました。

「肥育期間が30ヶ月と長いジャージー牛は、正直、採算性が低い。それでも頑張って続けていきたい」と語る関谷さん。

「あの味を知ったら、みんな食べたくなると思うんだけどなぁ……おかしいなぁ」と怪訝そうな植松シェフです。

驚きの“発見”

植松シェフとジャージー牛との出会いは6、7年前に遡ります。

「当時、ちょっとした赤肉ブームが起きていたのですが、人気のブランド赤肉は品薄でした。そこで付き合いのある札幌の卸業者さんに『他におもしろい赤肉はないの?』って聞いたら、紹介してくれたのがジャージー牛でした。食べてみたらおいしいのなんのって。あれはある種の“発見”でしたね」。自身、赤肉が好きだという植松シェフ。中でもジャージー牛は特に好きな食材だと言います。

「毎日、レストランで料理をしているわけですが、ステーキを焼いていて、自分でも食べたくなるのは、なぜかジャージー牛なんですよね(笑)。ほどよい食べ応えがいい。噛みしめることにより、出てくる肉汁というものがありますが、それが野生というか、人間の本能というか、『ああ、肉を食べているなぁ……』という感じを想起させるんです(笑)。噛むたびに、おいしい味が滲み出てくる……」と夢見るように語る植松シェフ。やわらかく、とろける風味が人気の昨今だからこそ、ジャージー牛の食感は貴重だと植松シェフは力説します。

「和食の場合、赤身肉をワサビやポン酢であっさりいただきますよね。どちらかといえば、しみじみおいしいという感じです。一方、洋食のレストランメニューとしては、もう少し直感的に、パッと食べて『あっ、おいしい!』というインパクトが欲しいんです。赤身は脂気が少ないので、噛んだ時に牛の味がジワジワ出てきます。噛めば噛むほど……というのが赤身の良さですが、残念ながら、普通の赤身では硬さが気になってしまい『おいしい! また食べたい!』となりにくいんです。でもジャージー牛はちょっとだけ入っている脂が絶妙で、口に入れてすぐに旨みが感じられる。そして、しっかり味わって食べても「おいしい!」って、ご理解いただけるはずです。今月号でお届けするステーキで、多くの皆さんにこのジャージー牛のおいしさについて“発見体験”をしていただきたいですね」

植松シェフぞっこんのジャージー牛。ぜひご賞味あれ!