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WEB限定インタビュー アスリート×お茶 WEB限定インタビュー アスリート×お茶
「アスリートこそ 今に生きる武家茶人」 小堀宗翔さん 「アスリートこそ 今に生きる武家茶人」 小堀宗翔さん

「アスリート茶会」を主催する茶道家・小堀宗翔さんに、スポーツと茶道の意外な共通点を伺いました。

時を止める、自分を見つめる

――小堀さんご自身、ラクロスの現役選手でいらっしゃいます。やはり茶道をしていてよかったと実感する場面は多くありますか?

小堀もちろん。特に心の部分で多々あります。かつて戦国武将は、戦いに出る前にお茶室で仲間たちとお茶を一服交わし、そして戦いから戻るとまた仲間たちと安堵の一服をしたといわれています。戦国武将のように生きるか死ぬかではありませんが、アスリートたちも身と心と時間と、様々なものを削って戦っている。そういう意味では、現代に生きる武家茶人がアスリートなのではないでしょうか。ですから私にとって、茶道は心のよりどころのようなものです。

――小堀さんはアスリート向けのお茶会を開いていますが、選手たちにとって、お茶室で過ごす時間にはどんな意義があると思いますか?

小堀お茶室という静的な空間に身を置いて、亭主のお点前(てまえ)を見るという行為が、選手たちにとっては自分自身を見つめる時間になっていると思いますね。

――どういうことですか?

小堀茶道のお点前では、あえてお客様の目の前で茶道具を一つ一つきれいに清める所作を行います。そうすることで、お点前を行う亭主の心を清め、その姿を見ているお客様の心も清めていく。そこには日常の塵(ちり)や煩悩を振り払って、清浄な気持ちでお茶を召し上がっていただけるようにという意味があります。ですからお茶室にいる間は、日常の中で背負っている地位や名誉、重圧などを振り払って自分を見つめ直す時間なのです。特に選手は非常に忙しく、追い込まれている時も多いので、お茶室の中では時間に縛られず、あえて時を止める瞬間をプレゼントするような気持ちでアスリート茶会を行っています。

  • 取材の日、お茶室に飾られていた禅語「万里一条鐵(ばんりいちじょうのてつ)」の掛け軸。アスリートには目標に向かって、長い道のり(=千里)を(一本の鉄のように)ぶれずに鍛錬してほしいという願いを込めて選んでくださったそう。
  • 茶道で大切にされる「清める」という所作。写真は袱紗(ふくさ)を使い、棗(なつめ)を清めているところ。

相手と道具を敬う心

――茶道では、お客様へのおもてなしの心が大切にされますよね。

小堀ええ。お茶は相手があってのもので、一人では絶対にできません。「一座建立(いちざこんりゅう)」という言葉があるように、招いた者(亭主)と招かれた者(お客様)の心が通い合って、気持ちの良い状態が生まれることを大切にしています。例えば、茶道にはお茶をいただく時にお茶碗を回す作法があります。亭主はお客様への敬意を込めて、お茶碗の一番美しいところ(正面)を向けてお出ししますが、客人は亭主と器に遠慮する気持ちでお茶碗の正面を避けるように回してからお抹茶をいただきます。他にも、複数人のお茶会でお茶をいただく時には、「お先に」と隣の方に一声かけるなど、茶道の所作にはお互いを思いやる精神や合言葉がたくさん詰まっています。

――そうした茶道の精神は、スポーツと何か共通項があるのでしょうか?

小堀自分一人では何もできないのは、スポーツも同じです。チームメイトや対戦相手の存在をまず認めて、その人とどう気持ちのよい空間を作るか。お茶室では、道具を傷つけないために時計やアクセサリーを外すなど色々な決まりがございますが、スポーツにだって相手をケガさせないなどのルールがありますよね。ルールの中で、お互いが気持ちよく過ごせるように努力するのは、茶道もスポーツも全く一緒だと思います。

――たくさんの選手がお茶会に参加していますが、アスリートならではの特徴的な反応はありますか?

小堀皆さん、とても吸収が早い印象です。私がまずデモンストレーションをして、次にアスリートの方にお茶を点てていただくと、割と一度で動きを覚えて、上手く体を使いこなしていらっしゃる。やはり普段から上手な人の動きを真似するのに慣れているからでしょうか。それに加えて、とにかく負けず嫌い(笑)。チームでお茶会に参加すると、「誰のお茶が一番おいしかったですか?」と競い合う様子が見られます(笑)。

お茶は自分を映す鏡

――小堀さんは、普段の生活の中ではどんなお茶をよく召し上がるのですか?

小堀「お茶する」と言ったら、やはりお抹茶ですね。3時のおやつの時も、朝のミーティングもお抹茶。もちろん試合前にもお抹茶をいただきます。私の先祖は江戸時代の武家茶人であった小堀遠州(こぼりえんしゅう)という人ですが、試合前に一服いただきながらお祈りすることで、先祖とつながれるといいますか、エネルギーをもらえる気がしています。一方で、試合から帰ってきて飲むお抹茶は、リラックスの意味合いが大きいです。抹茶は茶葉の成分が丸ごと摂取できて、ビタミンなど栄養価も高いので、疲労回復やお肌に栄養を与えるなど、お薬のような感覚でもいただいています。

――日常生活の中に、ごく当たり前にお抹茶があるのですね。

小堀ええ。毎日お茶を点てることで、自分の心を映す鏡やバロメーターにしている面もあります。気が荒立っているとボコボコした泡が立ったり、気持ちが整っていると細かくきれいな泡が出たり。その日の気温や自分の体調で味の感じ方も変わります。それが良くても悪くても、自分がそういう状態であることを分かっておくことが大事だと思います。今日はコンディションが悪そうだぞと理解して試合に行くのと、自分ではいいと思っているのに上手くいかなくて空回りしながら戦うのとは全く違います。

お茶を「日常茶飯事」に

――東京オリンピック、パラリンピックの開幕まであと少し。選手たちには何を期待しますか?

小堀アスリートたちには、現代に生きる武家茶人になってほしいと思います。アスリートは、日本の文化や価値観の伝道師として、影響を与えられる存在。そういう方たちにお茶の「本質」を知っていただいた上で、仲間や海外の人たちに我流でもいいからお茶を点ててあげてほしい。それが日常茶飯事、あちこちで行われるような日本にしたいというのが、今の私の活動の原動力です。そういう日が来れば、もう少し平和で、お互いがハッピーに過ごせる世の中になるのではないでしょうか。

ルピシアの抹茶